ネバーエンディング

終わらない架空の日記をつけています

ショートブーツの先

 

 

 

 

 

 むかしは夜空を見上げているとなんだかセンチメンタルな心持ちになってエモいことのひとつやふたつ言いたくなったものだったけれど、いつからだか濃紺色がむしろ古本屋のような安心感を与えてくれるようになっていた。暗さと寒さだけがおまえはここにいてもいいんだよと言ってくれているような気がする。世間一般にとっては1日の終わりが近づいているわけで、つまるところ24時間ごとに配分された他者への気配りみたいなものをほぼほぼ使い果たして徐々に皆が自分のことしか考えられなくなってくる時分である。そのうえ光が足りなくなってきて向こうから歩いてくる人間の顔もよく判別がきかなくなってくるわけだから、やはり夜というのは駄目人間には居心地のいい時間なのは間違いない。

 

 玄関のドアを開けて外がぴかぴかと明るいとアッと声を出したくなる。なんだか間違った世界へ足を踏み入れてしまったみたいに酷く緊張して足や手が強張って反対に脳みそはぐるぐるものすごい速さで回転してちぐはぐになってしまうのだ。そのちぐはぐはどうにもできないしなんともならない。兎にも角にも日が沈むまで辛抱強く待つしかない。あらゆる失敗をするし自分の姿がたいそう恥ずかしいので背を丸めて歩く。縮こまる。すると内臓が押されて下っ腹がにゅっと膨らんだ餓鬼の身体になってしまうので得られもしない承認を求めてやれ腹が減った喉が渇いたとあちこち彷徨い歩く。難儀なことだと思う。どうしてこんな風に生まれ育ってしまったのかは誰にもわからない。血の繋がった親は育て方が悪かったのだと執拗に自分を責めるけれど、自分のことでありながら答えがわからないこちらに代わって回答を用意してくれたうえにそいつを信じて疑わない辺りが2倍以上生きているひとは違うなあという感じだ。そいつを証明してみるといい。きっとできないから。文系の脳が頭蓋骨に詰まっているので断言はできないけれどここでは敢えて言い切りのかたちを取ろうと思うのだが、つまるところ貴方がたは悪くない。悪くないのだからシャンとしてのうのうと生命を謳歌していただきたい。ごみ屑はごみ屑らしく今日もクシャクシャに丸まって椅子の上に座っておりました。

 

 そうこうしているうちにまた夜だ。自分の時間がやってきたなあと少しだけ安らかな気持ちになりながら靴を履く。傷だらけのみすぼらしい靴だけれど最初はそれなりの値段が付けられたぴかぴかの新品だった。使い手のせいでこんなことになってしまうのなら永遠に買われない方が良かったのかもしれないなあ。もしそんな道があったとしたら、靴の靴としての生はいったいどこにピリオドを持ってくるのだろう。